宇宙からのメッセージ

時間を手放す時

ときには、たったひとつの物語が、数千の言葉にまさることがある。

この話は、いつの日か、わたしたちの物語になることだろう。

ゴールデンワンズ、「時間を手放す時」を語る。

チャネル: スザンヌ・リー

投稿:  スティーブ・ベッコウ

日時:  2017年4月12日


わたしたちの愛する人々に祝福あれ!

わたしたちゴールデンワンズは、地球のあなたたちに、ハートからの祝福と、マインドからの情報を送る。

「わたしたちはあなたたちであり、あなたたちはわたしたちである」という言葉を思い出してほしい。この言葉の意味は、「わたしたちとあなたたちは、同じものである」ということである。

地上に住む愛するあなたたちが、わたしたちの言葉を理解できないであろう、ということはわかっている。そこで今日は、あなたたちの「現在」に入り込んで、「時間のない時間」についてちょっとだけ話しをさせてほしい。あなたたちが、時間というものが3次元と4次元の世界の幻覚に過ぎないということを思い出せるようにするためである。

まず最初に、アセンションというものは、「時間を手放す」ことだということを憶えてほしい。したがって、もしわたしたちが、時間を超えた動きに時間の印をつけようとしているなら、それは3次元・4次元世界の思考に合わせているのだということである。

「考えたことは実現する」という言葉を聞いたことがあるだろう。多くの人はこの言葉を顧みない。それは、あなたたちの世界では、そうはならないように見えるからである。中には「考えただけで世界がコントロールできる」ということに、恐怖を抱く人さえある。

すると、あなたの怖れがあなたの意識を低下させる。そして、あなたは自分自身さえもコントロールできなくなる。問題の一つは「コントトロール」という言葉そのものにある。コントロールというのは、「力を他者に及ぼす」ということである。この概念を心に持っていれば、あなたはますます制御不能と感じるようになるだけである。

愛する兄弟姉妹たちよ、あなたたちの5次元のセルフ(自己)は、いま、これまでの地球での生活ではかつてなかったような方法で、あなたたちの3・4次元のセルフと交流している。5次元のセルフが3次元のセルフと交流するということは、これまでは、ハイヤーセルフからの特別な指示がない限り許されなかったことなのだ。

わたしたちはいま、あの「セーフティ・ネット(安全網)」がゆるめられたと言えることを喜んでいる。セーフティネットとは、あなたたちの3・4次元のセルフを包んでいる目に見えない3Dマトリックスのことである。3Dマトリックスを持つことは、もともとの神の世界設計の中にはなかった。しかし、アトランティスの崩壊とその後に続いた数々の残虐行為によって地球の女神ガイアはひどく傷つき、彼女を必要な軌道に結びつけておくのに3Dマトリックスが必要になったのである。

すべての惑星や天体は、それぞれに固有の「軌道」を持っている。それは、それぞれの天体をそれぞれに共鳴する周波数の中にとどめておくために必要なものである。しかし、可哀想なガイアは、あまりにも度重なる戦争や、権力による支配、その他の残虐な行為などによって、3Dマトリックスがなければ、自分に必要な軌道に結びついていることさえできなくなってしまったのである。

5次元の存在たちがガイアの惑星の中に住むために呼び集められたのはこの時である。彼らは、地上に秩序と無条件の愛をもたらし、ガイアをカオス(混乱)と恐怖の中から救い出すはずであった。

アークトゥルス人、プレアデス人、シリウス人たちが故郷の星を離れ、ガイア(地球)を救うために、ガイアのその「現実」の中に入り込んだ。しかし、そのような救援があったにもかかわらず、古いパターンは繰り返し戻ってきた。ガイアは、その惑星表現の中において何度も何度もトラブルを繰り返した。

「どうして、わたしはこんなに破壊的な人類を引き寄せてしまったのだろう?」とガイアは尋ねた。「アークトゥルス人やプレアデス人、シリウス人、その上アンドロメダ人にまで助けにきてもらったのに・・・。 どうして、こんなにわたしの身体を壊しまくる人たちを引き寄せてしまったのだろう」とガイアは何度も何度も自問した。

「わたしにはもっとたくさんの5次元的な人々が必要です」とガイアは高次元の救援隊に訴えた。「もし、どうにかして、十分な数の5次元の人たちがいてくれて、3次元の恐怖や怒りをしずめてくれたら、わたしは惑星のアセンションを完了できるでしょうに・・・」。

何千年も何千年もの時が過ぎ去った。しかしガイアの惑星表現の状態は変わらなかった。多くの銀河系人が多大の犠牲を払って地球人の肉体を身に着け、ガイアの3次元惑星の地上に生まれた。

しかしながら、地球に転生したものたちは、積み重なった恐怖と戦争のサイクルに飲み込まれ、繰り返し、恐怖と怒りの古いパターンに落ち込んでしまった。

ついに女神ガイアは決心した。「もう、こうなったら、わたしが惑星のアセンションをはじめるしかない。わたしは、これまで、迷える羊たちが正気を取り戻すのを待ち続けた。でも、もうわたしがアセンションするしかない。たとえ、わたしについてこれないものたちがたくさんいるとしても・・・」。

いままでガイアを助けるために学び、瞑想し、奉仕し、愛し、働いてきた多くの人間は、この決定を喜んだ。「どうしたら、あなたを助けることができますか?」と人々は尋ねた。目覚め、無条件に愛することのできる人々が予想以上にたくさんいたので、ガイアは非常に喜んだ。

ガイアは答えた。「わたしの空をきれいにしてください。海をきれいにしてください。動物たちに食べ物を与え、自分を支えることの出来ない人たちを支えてあげてください」。

もちろん、いますべての人がガイアと話ができるわけではない。しかし、人々が想像する以上に、そういう人たちはたくさんいるのである。もちろん、この人たちはガイアを深く愛している。だから彼らはガイアに助けを求めたりしない。逆に彼らはこういうのだ。「どうしたらあなたを助けることができますか、お母さん!」

ガイアはとてもとても喜んだ。実際に人々は、空をきれいにし、海をきれいにし、土地を耕し、自分を守ることの出来ない生き物たちの世話をしているのだ。

ますます多くの人が都会の喧騒を離れ、同じようにガイアを愛する人々とともに大地の世話をする生活を選んでいる。ますます多くの共同体が作られている。

これらの共同体は過去に作られた共同体とは異なっている。過去の共同体は、誰かが人々の生活を変えようと教えたから、人々が集まったのである。しかし、いまできている共同体はそうではない。人々は何かを得るために集まるのではない。人々はガイア(地球)の世話をするために集まっているのだ。ガイア(地球の女神)は歓喜し、彼女の惑星は回復し始めた。

しかし・・・そう、「しかし」だ・・・しかし、変化を怖れる者たち、すなわち権力にしがみつき、権力によって得たマネーにしがみつく者たちも、徒党を組んだ。静かに、密かに、彼らはある悪辣な計画を立てた。

「草木を愛するバカども」と彼らが呼んだ人々は、ガイアを救うことに一生懸命で、マンションや飛行機や銀行や彼らの腹の底に隠されたものに注意をしなかった。

腹黒い奴らは笑った。「ハハッ・・・愚かなヒッピーどもめ。そろそろ、次の戦争を始める時期だな。そうして、奴らを軍隊に徴用するのだ。そうすれば、奴らは皆われわれのコントロールの下におけるというわけだ。」

ガイアは叫んだ。

「こんなこと! いつになったら終わるの!」

ガイアの叫びは非常に大きかったので、宇宙のすべての者がその叫びを聞いた。ただし、人間の耳にはほとんど聞こえなかった。そして、イルミナティ(悪の連合)の連中には全く聞こえなかった。

しかし、空が最初にガイアの声を聞いた。大地も聞いた。海も聞いた。そして太陽がその声を聞いた。

「もう十分だ」と太陽の霊ソルは言った。「ガイアは自由意志の星だ。人々が助けを得るには、まず人々が助けを求めなければならない。しかし、いま、人々は助けを求めている。動物も助けを求めている。そしていまガイア自身が助けを求めた。

いまこそ、ガイアの深奥のクリスタルに点火し、彼女の内面の知恵と力と愛を輝かせ、大地の守り人の役目に挺身する人間と、海の守り人であるクジラとイルカの心に、その光を送り込むときだ。」

人類はあまりにも弱っていたので、ガイアの声を聞いたものはほとんどいなかった。しかし、クジラやイルカたちは聞いた。シリウスBから来たその仲間たちも聞いた。プレアデス、アンタレス、アンドロメダから来た者たちもその声を聞いた。

突如・・・

それまで悲しみに満たされていた空に宇宙船が満ち溢れた。その先頭に、アークトウルスの旗艦アテナがいた。

権力の上にあぐらをかいていた連中は自分たちの時代が終わったことを悟った。彼らはありったけのカネを掴み、自家用のジェットに駆け込み、逃走しようとした。しかし、彼らの飛行機は飛ばなかった。彼らのリムジンは動かなかった。彼らのマンションには鍵がかかり、あるものは締め出され、あるものは閉じ込められた。そして、彼らの持っていたカネは、ただの青い紙くずに変わってしまった。

そして、ついに、「それ」が起こった。

女神ガイアが地球の中心から立ち上がり、その壮麗な姿を東西南北の空に映し出した。あらゆる場所で、人々は空を見上げ、愛の満ちあふれるガイアの顔を見つめた。

人々のの心をよぎるすべての思いが瞬時に現実化した。すべての人の揺れ動く心のなかの感情を、すべての人が感じた。

もはや「分離」はなかった。「善良な人々」によってそれまで怖れられたり嫌われたりした人々が、彼らを家から追い出した人々によって抱きしめられ、頬ずりされた。貧しい人々は胸を張って歩き、金持ちは札束を空中に撒き、喜んだ人たちがそれを拾っても気にかけなかった。

時間が存在しなくなったので、お祝いは延々と続いた。

「獅子は子羊とともに臥し・・・」(聖書の言葉)、太陽と月は空に並んでいた。子どもたちは笑い続け、はしゃぎ続けた。大人たちの多くはひざまづいて、その「瞬間」を体験できたことを感謝した。

そして、それはまさに「永遠の現在」だった。それはいつまでたっても終わらなかった。「瞬間」の輝きはひたすらに輝き続けた。やがて人々は疲れ、一部の人達は、家に帰り、喜びと疲れで、ベッドに倒れ込んだ。

高価な車が鍵も掛けずに道路に放置されていた。札束が空中に舞い、地面に散らかった。車に戻った人はわずかだった。多くの人は家にも帰らなかった。みんな、それが起こった場所の近くにいたかったのだ。実際、家に帰りかけた人の多くはまた戻ってきた。

何が起こったのか、どうやって起こったのか、自分たちがそれを受け取っていいのかどうか、誰もわからなかった。ただわかっていたのは、いま「自由」を感じているということだけだった。

実際、その「瞬間」、人々は人生の中で初めて、本当に「自由」であると感じたのである。

みんな自由だった。生きるのも自由だ。愛するのも自由だ。そして、地上に降りたプレアデスの宇宙船に乗るのも自由だった。人々は宇宙船に乗るために列をつくった。押したり、割り込んだりする人もなく、船内に入るのをためらう人もいなかった。

誰も、起こっていることを不思議に思わなかった。実際は、みんな、不思議な素敵な夢を見ているのだと思っていたのだ。そして、誰も目覚めを望まなかった。彼らは知らなかった。これが、彼らの数え切れない転生の中で初めて「本当に目覚めた」のだということを。

しかしこれは眠りの反対語としての目覚めではない。これは「実在」への目覚めなのである。そして、実在はいつもそこにあったのである。ただ、人々の振動数が、実在の振動数に合わなかっただけなのである。

それなら、なぜ、すべての人がこの「瞬間」に、それを感知することが出来たのだろう?

これはご褒美だろうか、ペテンだろうか、それともホログラフィー映画だろうか? 幸い、誰も・・・誰ひとり・・・こんな質問はしなかった。誰かが天国の門を開いてくれて、「さあ、入れ」と言ってくれたら・・・それが何であろうと・・・拒むひとがいるだろうか? 誰も・・・ひとりも・・・ノーとは言わなかった。

イルミナティーでさえも、ノーとは言わなかった。彼らはイエスと言った。バンザイと言った。そして、いちばん重要なのは、彼らが「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と言ったことだ。

これはみんな夢だったのだろうか、幻覚だったのだろうか、それとも、みんな気が狂ってしまったのだろうか。

狂ったのであろうと、夢であろうと、すべての人は、このアセンションの夢、幻覚、ファンタジーを、あの「瞬間」に、身体と心のすべてで生きることが必要だったのだ。この体験でわかったことの中で最も重要なのは、「アセンションというのは、何処かに出かけていくことではなく、また、よい子へのご褒美でもない」ということである。

アセンションというのは時間を手放すことであり、これまでに体験してきた3・4次元の世界とは全く違う現実の中に引っ越すことである。

わたしは、これを経験した時、「時間を手放した」ことを知っている。なぜなら、わたしはいまでもあの「瞬間」にいるからである。どう説明したらいいのかわからない。しかし、わたしは時間を手放したあと、あの体験の瞬間にとどまっており、いまもとどまり続けているのである。それはまるで、終わりのないループのようなものである。

しかし、毎回、そのループは少しずつ違っている。そのため、この体験、この空想、この現実は、絶えず進化し、絶えず変化し、絶えず拡大している。したがって、わたし自身も変化しており、すべての「瞬間」に動き続けている。

物理的な肉体を持っている間に、この「万物一体、永遠の現在」に生き続けるという体験を説明するのは難しい。わたしの3次元の身体は、今でも、この現実を自分が作り上げたものかもしれないと疑っている。そうかも知れないし、何もかも目茶苦茶だ。

だから、それについては、考えないのがよいし、考えたくもない。ただ現在の状態にいるだけだ。

どうしたらいいのだろう。答はただ一つ。わたしたちはみんな、個人的にも、集合意識的にも、かつて知っていたことを思い出しているだけだということだ。わたしは生まれたときのことを覚えていない。初めて歩いたときのことも、初めて喋ったときのことも憶えていない。わたしの過去というのは、互いに噛み合わない断片的な絵の集まりに過ぎない。たぶん、5次元的な「現在の瞬間」も同じようなものなのだろう。

しかし、わたしはいま「だろう」と言ったぞ。わたしたち3次元の存在は、「時間中毒」になっている。時間なしに、どうやって未来を考えることができるのだろう。

どっちみち、もう、この問題を考える時間はない。

だから、たぶん、成り行きに任せるのがいちばんだよ。



TheGolden Ones Talk About Leaving Time–ThroughSuzanne Lie

April12, 2017 by Steve Beckow

TheGolden Ones Talk About Leaving Time–ThroughSuzanne Lie

4-6-17

http://suzanneliephd.blogspot.com/2017/04/the-golden-ones-talk-about-leaving-time.html


2017/4/15

inserted by FC2 system