光の時代

アセンションとは何か


スピリチュアルな教えの中では、「この世は幻である」というのは常識です。英語ではイリュージョン (illusion) と言います。これは、文字通り、幻覚という意味です。

多くの人が、この世は幻であるということを知っていました。シェイクスピアは、この世は芝居であると言いました。また、テンペストという作品の中で、主人公の一人に、「この世は夢の中身だ」と言わせました。

お釈迦様は「この世は空(くう)である」と言いました。般若心経(はんにゃしんぎょう)の中の「色即是空(しきそくぜくう)」は有名ですが、このあとに続けて「受想行識、亦復如是(じゅそうぎょうしき、やくぶうにょぜ)」と書かれています。色(しき)とは形のあるものという意味で、「色即是空」はこの世は空であるという意味です。「受想行識、亦復如是」というのは「受想行識もまたこれに同じ」という意味です。「受想行識」というのは、人間の精神的な働き全部のことで、つまり、「受想行識、亦復如是」とは、人間が知覚したり、認識したり、感じたり、考えたり、意志を持ったりすることすべてが空であると言っているのです。徹底しています。

もっと古いところでは、紀元前5000年以上前からの伝承であるといわれるインドの古典バガヴァッド・ギータの中に、すでにこの世は幻であるということが書かれています。

このように、古くからこの世は幻であるということが言われてきているにも関わらず、そのことを正しく理解している人は多くはありません。

一番多い間違いは、「この世は幻だ」と言われた時に、「自分は幻ではない。自分以外のものが幻だ」と考える誤解です。18世紀のイギリス(アイルランド)の哲学者バークリーも「この世は幻である」と主張した人ですが、バークリーがこの話を教室ですると、ある学生が外に出て行って、校庭にあった石を思い切り蹴飛ばし、「こんなに痛いのだから、これは幻なんかではない」と言ったという話が伝えられています。この学生も、「自分の肉体は幻ではない、校庭の石だけが幻だ」と思ったのですね。

けれども、これは誤解です。最も重要な幻は、「自分が肉体を持って生きている」という幻なのです。

この世を、アニメの世界だと考えてください。アニメの世界は架空の世界です。アニメの主人公が、考えたり、感じたり、恋をしたり、戦ったりするすべてが架空の話です。けれども、アニメの主人公は、自分が架空の人物であるとか、この世界は架空の世界であるなどとは考えません。

アニメの主人公が石を蹴飛ばしたら、やっぱり「痛い!」と叫ぶでしょう。架空の世界の中で、架空の主人公が、架空の石を蹴飛ばしたら、やっぱり痛いのです。けれども、この痛いという感覚も、架空の世界の中の感覚ですね。それが般若心経の「受想行識、亦復如是」が言っていることです。

私たちの生きている世界も、それと同じです。この世はアニメのような架空の世界です。その中で、架空の人物である私たちが、架空の恋をしたり、架空の戦争をしたりしているのです。

では、架空でない、本当の存在はどこにいるのでしょう。この世がアニメの世界だとしたら、真実の存在とは、アニメを書いた人、それを見て楽しんでいる人です。それはアニメの世界の中にはいません。

同じように、私たちの世界に対して、イリュージョンでない真実の存在は、この世界の中には居ないのです。本当のあなたも、この世界にはいません。いま、あなたが自分だと想っている肉体は、イリュージョンの世界の中のイリュージョンの身体なのです。


アセンションとは、私たちの、この肉体が実は幻であるということを知り、幻でない真実の存在に戻ることです。

私たちは、自分が登場する夢を見ているような状態なのです。夢を見ている間は、夢の中の自分が真実の存在であるかのように思えます。けれども、夢が覚めると、あれはただの夢だった、あれは、本当の自分ではなかった、ということに気付きます。

アセンションとは、この世の中が少しだけ変わる・・・ようなものではありません。アセンションとは、夢から覚めることなのです。夢から覚めれば、この世はなくなります。そのかわりに、真実の世界の中にいる真実の自分に気付きます。

・・・それがアセンションなのです。


2013年2月4日


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