アセンション

E11 大掃除


大掃除の季節ではありませんが、今日は、大掃除の話をしましょう。
 
私たちは、毎年、年末になると大掃除をします。昔は、畳を上げて干したり、障子を張り替えたりしました。ふだん家事を手伝うことなど絶対にないお父さんが、この日だけは先頭に立って働きました。畳を叩いたり、天井のすす払いをしたりして、最後には玄関に打ち水をし、松飾りを立て、しめ縄を張りました。こういう神事にかかわることをするのは、お父さんの役目でした。子供たちも狩り出されて、いろいろな手伝いをさせられましたが、最後にすっきりと掃除が終わったときには、「いよいよあしたは正月なんだ」という気分になって、ちょっと厳粛な気持ちになったものでした。
 
今でもこのような掃除をしておられる方はいますが、街中でそのような風景を見かけることはめっきり少なくなりました。住環境が昔と変わってしまったからです。私の家などは障子も畳もありませんので、掃除のしようがありません。窓ガラスをふいて、台所の換気扇を掃除して、カーテンを洗ったり、網戸の掃除をしたりが主なところです。しかも、年末は寒いので、たいてい10月か、遅くとも11月の天気のいい日に3回ぐらいに分けて少しずつやってしまいます。ですから、年末にはほとんど何もせずに、せいぜい書斎の書類が山積みになっているのを少し掘り崩してみたり・・・でお茶を濁しながら、お正月を迎えます。楽になりましたが、そのぶん厳粛さもどこかに消えてしまったようです。
 
話は変わりますが、私は40歳を少し越えたころ、ヨガの系統の瞑想を習いました。瞑想をすると、心の中のゴミが出てきます。この瞑想法では、心のゴミのことをストレスと呼んでいました。それは、主に、怒りや恐れや憎しみや悲しみなどの、自分にとってつらいと思われる感情の名残が、心のエネルギーの流れる通路にこびりついているものです。それは、ちょうど下水管に汚れがつくと排水がうまく流れなくなるように、心のエネルギーがスムーズに流れるのを妨げ、その人のいろいろな性癖や感情や行動に影響を及ぼします。瞑想をすると、そのような汚れが心の表面に浮かんできて、自然に蒸発して消えていきます。心のゴミが減ると、その分、その人は自然に愛のエネルギーに満たされ、愛に満ちた行動をとることができるようになります。そのために瞑想をするのです。
 
心のゴミが、心のエネルギーの通路にこびりついてじっとしているときは、私たちはそれに気がつきません。それは、心のエネルギーの流れ方に影響を与えますから、その影響を私たちは受けているわけですが、私たちはそれに気づくことがありません。ただ、その影響を受けた反応を自分の自然な反応だと思っているだけです。けれども、瞑想をしているときにそれが浮かび上がってくると、私たちはそれに気づきます。何の理由もなく、突然イライラしたり、悲しくなったり、憂鬱になったりします。大量のゴミが一時に出てくると、肉体にも影響が出ることがあります。頭痛や吐き気を感じたり、わけもないのに疲れたり、眠気に襲われたりします。時には筋肉痛や発疹が出たりすることもあります。ですから、瞑想の先生は、「はやく成果を得ようとして、無理にたくさんの瞑想をしないように」と教えました。「決められた時間や回数を守るように」と言われました。そして、浮かび上がってきたストレスによって、さまざまな感情が起こったとしても、それにとらわれないように・・・黙って、静かにやり過ごしなさい、と言われました。「大掃除をすると、ゴミが出てきますね。皆さんは、それをいちいち取り上げて、これは何のゴミだろうと詮索しますか? そんなことはしないで、まとめて掃き出してしまいますね。心のゴミも同じです。黙って、消えていくに任せればいいのです・・・」。
 
いま、地球と人類の集合意識の大掃除が始まっています。心のゴミを掃除するのは、個人だけではありません。人類全体としても集合意識のゴミを掃除します。地球自身も、人類のゲームに付き合う過程でため込んださまざまなストレスを吐き出さなくてはなりません。いま、世界中で、人間の世界でも自然界でも、毎日のように、信じられないような事件が起こっています。歴史始まって以来といわれるような巨大地震が立て続けに起こり、火山の噴火でヨーロッパ全域の空港が閉鎖されます。人間の社会も、いたるところに問題を抱えています。ギリシャが債務超過だといって騒がれていますが、いま世界のほとんどの国が債務超過なのです。戦争もテロも一向に減らないし、メキシコ湾では海底油田の掘削装置が壊れて原油の流出がとまらないし、個人のレベルでは、「死刑になりたい」といって無差別にひとを殺すような常識を超えた事件がつづいています。
 
これはみんな、地球と人類の集合意識の中に蓄積された大量のエネルギーのゴミが吐き出されているためなのです。人間界の事件は一見、個人的な悪人の存在によって起こっているように見えます。それは、悪徳政治家であったり、カルト化した宗教の教師であったり、金儲けにしか関心がない企業家であったり、判断力を失った異常な個人であったりします。けれども、ほんとうはその人個人のせいではないかも知れません。その人は単に、浮かび上がってきた集合意識のゴミを処理する役目を引き受けただけかも知れないのです。
 
瞑想の時に浮かび上がってきたゴミを、私たちは理由のない感情として感知しますが、集合意識のゴミもさまざまな事件として形をとります。そのために、適切な人がその事件を発生させるための役者として、魂のレベルで合意して、参加するのです。それは、世界各地に埋められた地雷を処理しているボランティアの人たちと同じです。地雷を爆発させるのはその人たちですが、その地雷を埋めたのは、その人たちではありません。同じように、集合意識のゴミを処理するために必要な事件を起こすのは、その事件にかかわっている「表向きの悪人」ですが、その集合意識のエネルギーを埋め込んだのはその人たちではありません。過去の人まで含めて、世界中の人が集合意識に流し込んだエネルギーの一部がそこに出てきているのです。
 
私はなぜ、いま、このような話をしているのでしょうか。それは、そのようなゴミ処理の様子を見て、新しいゴミを作らないようにしてほしいからです。もし私たちがそのような自然災害や人為的な事件を見て、自然の脅威に恐怖を感じたり、「悪い人たち」に怒りや憎しみを持ったりすると、それは人類の集合意識に入っていって新しいゴミになります。むしろ私たちは、そういう事件に対して心を動かさず、常に愛と祝福の気持ちを持ち続けるべきなのです。
 
これはそのような事件に巻き込まれることを防がないという意味ではありません。ボランティアの地雷処理班の人たちが地雷を爆発させるときに、それは「よい仕事」だからといって、そばに寄って行く人はいないでしょう。それはよい仕事かもしれないけれど、危険な仕事なのです。関係のないひとは、遠くに避難します。爆風や破片が遠くに飛んでいかないように、シールドを張って防いだりします。集合意識の地雷を処理する場合も同じです。処理をする係が自然であろうと人間であろうと変わりはありません。地震に備え、洪水や津波に供えをするのは当然です。人間が事件を起こしている場合にも、そのような事件に巻き込まれないように注意し、万一巻き込まれた時は、逃げるなり闘うなり、必要な処置を取らなければなりません。けれども、そのような危険な状況を作り出した自然や人間に対して、恐れや怒りを持たないでください。
 
いまは、地球をあげて、集合意識に埋め込まれたゴミの大掃除をしているときです。出てくるものはただのゴミというよりは、地面の下に眠っていた不発弾のような危険なものばかりです。十分な備えをして自分の身を守りながら、地球にも人間にも表面の状況とは無関係に愛と祝福を送り続けてください。そうすれば、その愛と祝福のエネルギーは集合意識の中に入っていって、集合意識の内側で、隠れている危険なエネルギーを中和してくれます。あなたは、ゴミが表面に出てくる前に集合意識の中のゴミを減らしてしまう、という不思議な大掃除に参加することができるのです。ゴミも不発弾も、地下に眠ったままで溶解され、消滅していきます。そうすれば、爆発処理に携わる人たちの仕事も軽減され、地球に早く平和が訪れます。
 
どのような状況でも、無条件に、地球と人類の集合意識に愛と祝福を送り続けてください。それがいま、私たちに求められていることです。私たちはみんな――いまこの文章を読んでいるあなたがたはみんな――それをするために、宇宙の果てからこの地球にやってきた「地雷処理のボランティア」なのです。地球の大掃除を手伝いに来たボランティアなのです。これはとてもハードな仕事です。目に見える世界の姿にとらわれていたら、とてもできないと思うでしょう。宇宙から見た「青い美しい地球」を信じてください。その神秘的なまでの美しさを地上にもたらすために、私たちはいま、ここにいるのです。

2010年5月5日掲載

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